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地域デザイン【校外学習】庄屋「弥市郎」の墓見学

公開日: : 最終更新日:2019/03/09 地域デザイン授業記録簿, 最新情報

地域デザインブログ用イメージ

五月晴れに恵まれた金曜日の午後。授業地域デザインの校外学習の一環として、地域の郷土史家森下誠先生のご案内で、安永の高野山寺領一揆の首謀者の一人、管沢村の庄屋「弥市郎」の墓を見学に行きましたので報告します。

安永の高野山寺領一揆とは、江戸時代に当地を含む高野寺領一帯の百姓3000名が起こした一揆です。今回の校外学習は、この小さな村の大事件から始まります。

安永五年(1776年 241年前)高野山の寺領であった当地域は、不作のうえ疫病が蔓延し、村民にとって苦しい年でした。8割を超える厳しい年貢を課されていた当地の庄屋たちは、年貢を下げてくれるように領主である高野山に願い出ますが、聞き入れられません。とうとう庄屋たちは、その年の11月1日に強訴(いわゆる一揆)にふみきりました。

当時、強訴は重罪です。一揆の指導者たちもそのことをしっていたのでしょう。計画段階から自分たちの亡き後の事後処理担当者を決め、その名を連判状からはずしています。

そんな、指導者の一人が今回のお墓に名が刻まれた「弥市郎」だったのです。

彼は、その後江戸に連行され、獄門打首の刑になります。

 

何故、罪人だったはずの彼の墓がここに存在するのか?

また、お墓には戒名が付いていました。これも大きな疑問の1つです。戒名とはそもそもお寺が個人に対してつけるものです。この地域でのお寺とはすなわち高野山です。高野山に対して謀反を起こした罪人のお墓に高野山が戒名をつけると言うのは違和感を感じます。

 

今回、講師をお願いした森下先生は、周辺の家に残る古文書の読解を徹底的に行い、執念ともいえるフィールド調査の末、弥市郎の墓を発見された先生です。

IMG_5563

まずは、発見された墓を見学に行きました。小さな祠に5つの供養塔が並んでいます。

その中央に小さな墓石があります。

IMG_5621

先生曰く、発見のきっかけになったのは、周辺に住む当時90代のおばあちゃんが「私が嫁いできたときにおじいちゃんから庄屋様の墓がある。と聞いたことがある。」と聞き取ったこと。だったそうです。

その後、周辺を調査し、この墓石を発見。表には「安養正念信士」「春山清空信士」「秋清妙圓信女」という3人の戒名があり、右側に文化7年3月21日の日付。左側に俗名 弥市良 と書かれてることがわかりました。

 

現地の見学の後は、かじか荘に会場を移し、先生が考える「伝えてこられなかった歴史」についてのお話も交えて授業をしてくださいました。

授業では、実際に先生が写しをとられた古文書も見せてくださいました。

難しい漢字や難読の文字を読み解くと、借金を苦に夜逃げする父親が、残った家族を想って書いたモノであることがわかったそうです。

教科書の中の世界ではなく、目の前に広がる村のなかで、実際の文書に書かれたリアルな歴史に感動しました。

IMG_5780

話を弥市郎に戻します。

先生のお話しによると文化7年は、打ち首から33年目にあたります。現在でも33回忌は「弔い上げ」といわれ、どんな罪を犯した故人でも、極楽浄土へ行けるようになり、祖先となるという考え方を取ります。また、墓石に刻まれた3月21日は弘法大師空海の入定(即身仏となった)の日です。丁重に故人を弔いたい。という当時の親族や村民の想いが伝わってくる気がします。そんなことが忘れられていたはずの現代でも、お墓には地区の方によって新鮮な花が供えられています。

このことから、森下先生は、当時の政治体制では悪人とされ、歴史の中でも同様に扱われていた庄屋弥市郎に対して村人たちは、村のために犠牲になった英雄として大切に供養されてきた「村のこころ」を感じる。とおっしゃられていました。

 

「一揆」や「獄門」、「打ち首」など、物騒な単語が並びますが、今回の学習で村に「伝わる歴史」と「伝わらなかったが確実に息づく歴史」を肌で感じることができました。

このことを理解することで、当時の村民が一揆の後をどのように生き残り、今につながったのかを知る貴重な学習の機会となりました。

 

このお話しには、続きがあります。

一揆の指導者とされ、獄門に処された庄屋や百姓は8名。各々、生まれ故郷でさらし首にされたと云われています。

1名は本校の立地する真国地区の出身であることが分かっています。いつの日にか、授業地域デザインのフィールドワークで彼の墓石を発見できるかもしれない・・・

そんなことを夢見ながら、今週も地域を歩きたいと思います。

 

※このブログ記事は校外学習での内容と「美里むかしがたり」森下誠著 紀美野町教育委員会発行 の内容を参考に書いています。

 

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